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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)726号 決定 1989年5月23日

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人らが昭和六一年六月一二日に買い受けたサンイーグル装身具株式会社の株式一万九〇〇〇株の売買価格を一株につき二七七五円と定める。

抗告人らの抗告をいずれも棄却する。

理由

一1  抗告人らの抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方名義のサンイーグル装身具株式会社の額面普通株式一万九〇〇〇株の売買価格を一株につき六五七円と定める。手続費用は原審・抗告審を通じて相手方の負担とする。」との決定を求めるというのであり、抗告の理由は別紙(一)記載のとおりである。

2  相手方の抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、さらに相当な裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は別紙(二)ないし(四)記載のとおりである。

二  一件記録によると、次の事実が認められる。

1(一)  相手方は、サンイーグル装身具株式会社(以下「サンイーグル」という。)の額面普通株式一万九〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を有する株主であり、本件株式の発行会社であるサンイーグルは、定款をもって株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨定めている。

(二)  相手方は、サンイーグルに対し、昭和六一年五月二三日付内容証明郵便で、本件株式を児島善二ほか二名に譲渡することの承認を求めるとともに、承認しない場合には他に譲渡の相手を指定するよう請求したところ、サンイーグルは、相手方に対し、同年六月三日付内容証明郵便で、相手方の右譲渡を承認しない旨及び譲渡の相手を抗告人らとする旨回答した。各抗告人の譲受株式数は、抗告人小沢房夫(以下「抗告人小沢」という。)が七〇〇〇株、同樫村常道(以下「抗告人樫村」という。)及び同篠塚泰尚(以下「抗告人篠塚」という。)が各六〇〇〇株である。

(三)  抗告人らは、同月一二日、商法二〇四条の三第二項の規定に従い算定した金額(抗告人小沢については五九四三万七〇〇〇円、同樫村及び同篠塚については各五〇九四万六〇〇〇円)をそれぞれ供託し、相手方に対し、同日付内容証明郵便で、右供託証明書を添付して本件株式を抗告人らに売り渡すよう請求したので、抗告人らと相手方とは、本件株式の売買価格につき協議をしたが協議が調わなかった。

2(一)  サンイーグルは、昭和四七年一月二四日に洋装雑貨の販売及びその附帯業務を目的とし、資本の額を八〇〇〇万円として設立された株式会社であり、その後増資され、現在の資本の額は一億〇五〇〇万円、発行済株式総数は二一万株である。右発行済株式の八〇パーセント以上は同社の代表取締役上田貞次及びその一族が保有している。

(二)  相手方は、サンイーグル設立の際に二万株を引き受けて株主となり、同時に専務取締役に就任したが、昭和五九年五月退任した。

(三)  サンイーグルは、昭和五七年七月期(第一一期)から昭和六一年七月期(第一五期)まで毎期約六三億円から約七四億円の売上を有し、約五〇〇〇万円から約二億九〇〇〇万円の税引後当期利益をあげ、純資産額は第一一期一四億五五九一万円、第一二期一六億二七九七万円、第一三期一六億三六五四万円、第一四期一七億八三一二万円、第一五期一七億八九九三万円と逐年増加し、売上高の半分以上を占めている紳士用装身具の卸売業界においては売上高第一位の地位にあり、安定した経営状態にある。また、昭和四七年七月期から昭和五一年七月期までは年三割、昭和五二年七月期から昭和五八年七月期までは年二割、昭和五九年七月期から昭和六一年七月期までは年一割五分の配当を実施している。

(四)  抗告人小沢は株式会社三協の、同樫村は合資会社樫村の、同篠塚は株式会社篠塚製作所のそれぞれ代表取締役であるところ、右各会社は、サンイーグルの下請企業として、同社と密接な取引関係にあり、同社に依存して経営を維持している。抗告人篠塚、同樫村及び株式会社三協は、前にサンイーグルの株式を各一二五〇株有していたが、いずれも昭和五九年五月上田貞次が代表取締役をしている株式会社上田貞敬に一株の価格一〇〇〇円で売却した。抗告人らは、本件売買に係る株式についての供託金合計一億六一三二万九〇〇〇円を全額サンイーグルから借り受けて供託した。

(五)  本件売買により抗告人らの取得する株式の発行済株式総数に対する割合は、抗告人小沢において三・三パーセント、同樫村、同篠塚において各二・八五パーセントとなる。

(六)  本件売渡請求がされた昭和六一年六月一二日現在の本件株式の一株当たりの価格は、配当還元方式によると九二四円、簿価純資産方式によると八二八四円、収益還元方式によると二八一八円と算出される。

三  そこで、右事実に基づき、本件買取請求時における本件株式の一株当たりの価格について検討する。

1  前記認定事実によれば、サンイーグルは、経営は順調で今後の営業継続に特に問題はなく、近い将来における解散は予想されないこと、抗告人らの取得する株式は、発行済株式総数に対して合計でも九パーセントに過ぎず、抗告人らが本件株式の取得によりサンイーグルの経営を支配することはできないことが明らかであり、したがって、本件株式の取得者は、配当金の取得を主たる利益ないし目的とせざるを得ないから、右価格算定に当たって、基本的には配当還元方式を採用するのが相当である。

2  しかしながら、配当還元方式を採用するに当たっては、将来の一株当たりの配当額を的確に算出することは甚だ困難であり、結局は過去の配当額に依拠せざるを得ず、必ずしも正確性は期し難い。サンイーグルにおいては、前示のような資産額の増加状況からすると、収益の相当割合を社内に留保して資産を増加させることに重点がおかれ、配当額が比較的低く押さえられてきたことがうかがわれる。しかも、配当額は直接的・最終的には支配株主の意思により決定されるが、殊にサンイーグルのように同族会社的色彩が濃厚で少数者による支配が確立している会社では、右決定は経営担当者や支配株主の経常政策に依拠するところが多く、それ自体不確定要素の高いものである。他方、支配株主が全く恣意的に配当額を定めることは、会社経営の継続を前提とする以上許されず、会社の資産、収益の内容、程度を勘案せざるをえないし、支配株主の意思も不変ではないから、過去の配当額に多くを依拠する配当還元方式のみによることは不十分であり、純資産価額方式及び収益還元方式をも併用するのが相当である。

3  更に、商法二〇四条の二による株式発行会社の株式譲渡の不承認及び譲渡の相手の指定は、当該会社が自己に不利益な株主を排斥するために認められた手段であり、その半面、当該会社の利益のためその限度で株主の株式譲渡の自由に制限を加えるものである。したがって、そのため譲渡人である相手方に対し、自由に譲渡した場合に比して不利益を与えることを避けなければならない。株式を自由譲渡するに当たっては、譲受人の意思がその価格の決定に大きく影響するところ、本件株式数は少数株主権の行使(その一部、別件において抗告人樫村が売渡しを受けたサンイーグル株式二〇〇〇株を加えるとその全部)を可能とするものであり、サンイーグルが相手方の譲渡予定者を忌避したことは右譲渡予定者が単に配当利益の取得のみに関心を抱くものではないこと、またサンイーグルと抗告人らとの前示の関係からすると、サンイーグル代表取締役である上田貞次が将来において本件株式を取得する可能性が少なくはないことが推認される。

4  以上の事情を斟酌すると、三方式併用の割合は配当還元方式を六、簿価純資産方式及び収益還元方式を各二とするのが相当である(なお、この併用方式により算出される価格は、配当還元方式により算出される額の約三倍になる。)。

そこで、前記の各方式によって算出された価格に基づいて計算すると、本件株式の一株当たりの価格は二七七五円(円未満四捨五入)となる。

四  抗告人らは配当還元方式に、他方、相手方は純資産価額方式によるべきであると主張するが、前記のとおり、本件の場合は三方式併用が相当であるから、右各主張はいずれも採用できない。

また、相手方は、類似会社比準方式も採用すべきであると主張する。しかし、サンイーグルは洋装雑貨の販売を目的とする会社であるところ、同社と類似する適切な会社を上場企業の中から選択することは困難であるから、右方式の採用は相当でない。

五  以上の次第で、本件株式の一株当たりの売買価格は二七七五円と定めるのが相当であるから、これと異なる原決定を右のとおり変更し、抗告人らの抗告は理由がないからいずれもこれを棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 丹野進 裁判官 加茂紀久男 裁判官 新城雅夫)

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